いささか古い話になるが、私の人生が変わったのはバブルの頃。私は不動産会社を営んでいたが、景気の波に乗り、契約はバンバン取れた。売上げは10倍になり年商20億円へと急成長していった。
当時の不動産業界人は「豪邸」に「外車」は当たり前。それに、金さえあれば女なんていくらでも寄ってきた。数いる愛人の1人には、高級マンションを与えベンツも買ってやった。私は女をモノにするためなら金に糸目は付けない。だが、色気もない国に税金を払うのは寒気がした。理由は単純明快。「見返りがないから」。そして、私の脱税生活が始まった。
まずは、赤字で無申告のダミー会社数社から次々に土地を売買することから始めた。最終的に高く買入れ、利益が少なかったことにして、ニセの契約書を作り所得を圧縮。また、売買契約が中途で解約されたことにして、架空の契約違約金を計上しウソの経費をでっち上げた。
払わなければならない税金で銀座の高級クラブをハシゴした朝、税務調査官が私のところにやってきた。コワモテの方々とも対等に渡り合った私なので、調査官の顔を見ても余裕綽々。営業スマイルで奴らを事務所の中に招き入れてやった。
静かに入ってきた調査官は不動産取引台帳を取り出し、個々の不動産の物件説明書を手に取った。私は嫌な予感がした。その説明書には売買契約書のほかに不動産の図面や登記簿謄本などの一連の資料が詰まっている。何か取り返しのつかないミスをしているのではないか。気持ちを落ち着かせるためにいつも吸っているマルボロに火を付けた。
ほかの机では違う調査官が不動産の仲介実績と大学ノートを付き合せていたが、そのノートが営業日誌と分かった瞬間、私は1人の営業マンを呪いたくなった。筆まめなアイツは日誌を欠かさずに書いている。このままでは実績との矛盾を責められてしまう。
言い訳を考えていると、売買契約書と登記簿謄本とを付き合わせていた調査官の動きがパタッと止まった。予感は的中。縄延び部分を別途で精算していたが、計上していないのがバレてしまったのだ。一部にほころびが生じると、後は音を立てて崩れていった。架空取引をはじめとする数々の脱税行為が次々に発覚。私は敗北せざるを得なかった。
その後、当然といえば当然だが、金銭感覚は通常に戻った。あの調査を境に私は脱税生活に終わりを告げたが、金の切れ目は縁の切れ目。愛した女たちの姿を二度と見ることはなかった。
2010年3月21日日曜日
Vol.21 『几帳面な社員の日誌が…』
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