2010年3月15日月曜日

Vol.15 『脱税する妻、夫はそれを許した』

脱税は犯罪。それは分かっている。だが、喫茶店のオーナーである私は手を汚した。正確には、妻の不正経理を私は見て見ぬフリをしていた。

保険会社で働いていた私が脱サラしたのは11年前のこと。貯金や退職金を元手に喫茶店を開くことが目的だった。老若男女、誰もがくつろげる喫茶店をつくりたい。そして、子供ができないことを一人で悩んでいた妻に、喫茶店で働き多くの人と接することで、新たな喜びを感じて欲しかった。

私は、某老舗喫茶店の準フランチャイズに加盟した。そして、高級住宅地であり学生街でもある街を物色。ライバルになるような店もなかったため、早速、そのエリアの空き物件で営業することにした。内装およびテーブルやイスは高級感を重視。メニューには老舗喫茶店にはないパスタやグラタンなど若者向けのモノをラインアップした。

不安を抱きつつ迎えたオープン当日。店は若者やサラリーマン、老人や子供が入り交じって大盛況だった。客の反応も上々。スタッフもイキイキと働いていた。なによりホッとしたのは、妻の顔に笑顔が戻ったこと。客と接しスタッフと話している妻は、結婚当初の明るさが戻っている。私はこの店で頑張ることを心に誓った。

私の店は繁盛した。ファーストフード店が進出し、またカフェブームが到来しても、売上げに大きな変化はなかった。ただ、私や妻の優しい性格が災いしてか、スタッフのやる気がみるみる失せていく。妻に聞くと、私が店にいないときは、焦げたピザや油まみれのパスタを平気で客に出したこともあったという。

妻が不正経理を始めたのはちょうどそのころ。架空のタイムカードを作成し、学生アルバイトを実際よりも多く雇ったように見せかけて人件費を水増しした。食材の仕入費についても、業者が発行した伝票を捨てて自分で伝票を作り、課税所得の圧縮を図った。社員へのボーナス支給額は、帳簿上では3倍になっていた。

私は何度か妻を注意した。だが、そのたびに妻は、「ただでさえ利益が薄いのに、そこから税金を引かれたらたまらないわ」と言った。脱税は儲けている会社がやるものだと思っていた私。妻の言葉を聞いても不思議と悪意は感じなかった。後々妻は、スタッフの給料を上げ、やる気を取り戻そうとしていたらしい。私は結局、そんな妻を止めることはできなかった。

とはいえ、犯罪は犯罪。妻の脱税行為は調査官の手によって簡単に発覚。私の店は重加算税の対象となった。妻は落ち込んだが、私はもう良心の呵責にさいなまれることはない。どこか救われる思いだった。ただ、いまは罪を償うとともに、今度こそ妻が元気になることを祈るばかりだ。

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