2010年3月8日月曜日

Vol.8 『時効』の誘惑に魅せられて…

「税金の時効は7年―」。すべての始まりは、某経済紙に載っていた小さな記事の一節だった。あのとき、あの雑誌を手に取らなければ、あるいは人生も狂わなかったかもしれない…。

あのころ、私は資産をどうやって一人息子に残そうかと悩んでいた。先祖代々引き継がれている郊外の土地は、時価が下落するなかにあっても、繁華街に程近く交通に便利という強みから、そこそこの評価を得ていた。法定相続人が少ないため、順当に相続したら相当な相続税がかかってしまう。そのため生前贈与を考えたが、現金の贈与ならともかく、不動産贈与となると贈与税を払う原資がない。高率な贈与税はかえって負担が大きく、いまひとつ具体的に動き出せないでいた。そんなときに目にとまったのが、時間つぶしに何気なく手にとった某経済紙の冒頭の一文だった。

税金の時効は7年―。この間、無申告がバレなければよいのだ。生前贈与の事実が税務署にバレないためには、どうしたらいいだろう。そうだ、いいことを思い付いた―。

私は、「○×町の土地を息子に贈与する」という内容の贈与契約書を作成し、公証人役場に行ってこれを公正証書にしてもらった。公証人という“証人のプロ”に作ってもらうので、法的に守られた契約書だ。不動産の名義変更をすると、その情報は直ちに登記所から税務署へ流れると聞いた。それならば、登記さえしなければ税務署に知られることはないだろう。案の定、贈与契約を交したものの登記所で名義変更の申請をしなかったために、税務署に贈与があったことはバレなかった。7年間、税務署からの問い合わせなどは一切なかった。

贈与契約を交してから8年以上が経過したころ、つまり時効が成立したころを見計らって、私は思い出したように贈与した土地の名義を息子に変更した。そのときの税務署の反応は予想以上に厳しいものだった。時効を利用した税逃れ以外の何者でもないと強く指摘され、重い贈与税をかけてきた。

気持ちは分からないでもない。なにせ税務署の指摘通りなのだから。しかし、こちらには公正証書がある。8年前の贈与の事実を公的に証明できる切り札を前面に掲げ、私は自分の正当性を全力で主張したが、現実はそう甘くはなかった。「贈与を逃れるために意図的に名義変更の登記を遅らせた」と判断され、結果、登記をした日を贈与があった日とみなされて、高額な贈与税を払う羽目になってしまった。8年もかけた壮大な計画が、一瞬にしてパーになってしまったわけだ。バカなことをしたとつくづく後悔している。

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