私が脱サラし、長年の夢だった料理屋を開いたのは10年前のこと。開店したてはなかなかお客が集まらず、細々と経営を行っていたが、たとえ店が繁盛しなくても、アイデアを駆使して考えた創作料理を食べてもらうだけで嬉しかった。金儲けなんて考えていない。「おいしい」の一言だけが欲しく、次々と編み出したメニューに客は集まりだした。
客が増えたところで、落ち着いて食事をしてもらうために店を改装。小さいながらも個室を用意し、料理に邪魔にならない程度に香を焚き、生ける花を毎日換えるなど、くつろげる空間を演出。料理だけでなく、こうしたもてなしが客の心を捉え、個室は連日接待で利用する会社の重役で賑わうようになった。また、雑誌やテレビにも紹介され、ついには支店を構えるまでに成長した。もちろん、金儲けのためではない。私の料理を広めたいという純粋な気持ちだけだった。
しかし、客が増え売上が上がるにつれて「もっと金が欲しい」と考えるようになった。税金をなんとかごまかせないものかと思い、メニューを考えると同時に脱税の仕方にも頭を使い始めた。
まず始めたのが、伝票操作。通常のメニューのほかにお弁当を用意していたが、この分の売上は除外して、昼と夜の食事の伝票のみを帳簿に計上し、売上をごまかした。
また、売上除外分とのバランスを取るために、仕入金額の3分の1を簿外処理。自分だけではごまかしきれないので、肉屋や酒屋と共謀した。決済は1か月分をまとめて処理。表の分は小切手、簿外分は現金で同時に支払い、仕入先の業者には公表売上分を店名で、簿外分は架空名義を使用した。さらに、見習いで雇っていた従業員の日給も少なく計上し、差額分は架空の人件費で穴埋めして源泉所得税をごまかした。
ところがある日、私の店に税務署員がやってきた。店の常連だったA社にたまたま調査が入り、同社の交際費を確認するための調査ということだった。しかし、場数を踏んだ敏腕調査官は、客の入りや従業員数、メニューの値段などをざっと見ただけでピンときたようだ。帳簿をパラパラとチェックしながら経理上の矛盾を次々に指摘され、結局、私が考えた脱税手口はすべて暴かれてしまった。
「初心忘るべからず―」。私は料理のプロ。金儲けなんて考えずに客の笑顔だけを楽しみに仕事をしていればよかったのだ。脱税なんかに頭を使わず、メニューをひたすら考えていればこんなことにはならなかったのに。後悔したがすべては後の祭りであった。
2010年3月4日木曜日
Vol.4 『初心を忘れ金の亡者に』
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