「長い間お世話になりました・・・」。感謝の言葉とは裏腹に、妻は険しい表情のまま荷物をまとめた。連れ添って20数年、自分なりに家庭に対し責任を果たしてきたつもりだ。しかし、“二重の裏切り”は許されなかった―。
私が大学病院での「修行」を終えて、父の経営する内科・小児科病院を継いだのは15年ほど前。父の健康状態が悪化したためだが、自分のなかにあった病院経営のビジョンを試してみたいという気持ちも強かった。
引き継いだのは、いわゆる普通のクリニック。商売っ気のない父は、近所のお年寄りと世間話をしながら診るだけのまさに零細経営。だが、私は近隣に小児科がなかったことから、こちらにウエートを置いた。医者を選ぶのは若い母親。古ぼけた建物を改装し、駐車場も整備して、「小さいが清潔感があり、来院しやすい」クリニック作りを行った。
私の思惑は当たり、次第に大繁盛といえる状況に。設備投資に金はかかったが、それ以上の儲けが転がり込んできた。だが同時に、もうけた分だけ税金も多く取られることが惜しくもなっていた。
「先生、もっと上手くやれますよ」。経理を仕切っていたA子が言ったのは5、6年ほど前。前職で会社の経理を10年近く担当した20代後半の独身女性。数字音痴であった私にとってかなり頼りになる存在であった彼女の言葉に、「金の亡者」と化していた私はあらがう術を知らなかった。
窓口現金収入の一部を除外し、その帳尻を合わせるため、受付・事務などの求人募集で面接に来て不採用になった人を帳簿上では採用したことにして、架空人件費を計上。他人名義の貸金庫に“浮かした”金を隠した。こうした行為について、曲がったことが嫌いな妻には何ひとつ言えずにいた。そして、逆に“秘密”を共有するA子と深い仲になるまで時間はかからなかった。
私とA子はできるだけ慎重に数字をごまかしていたが、それでもスタッフのなかでは、「なんとなく怪しい」という雰囲気があったのかもしれない。ある日、国税局から調査が入った。A子と日頃から仲が悪かった他の女性スタッフが、ごまかしの一部始終を調べ、タレ込んだのだ。脱税と同時に浮気も露見し、妻は私の元を去った。クリニックの評判も悪くなり、患者数も激減してしまった。いま「金と女」に目がくらんだ代償を払いつづける毎日だ。
2010年3月3日水曜日
Vol.3 『金と女』に目がくらみ・・・
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿