2010年3月10日水曜日

Vol.10 『パティシエが見た甘い夢』

小学生の時の夢はケーキ屋になること。菓子職人を指す「パティシエ」という呼び名が輸入されるずっと前の話だ。幼いころに食べた甘いケーキは、私に夢を与えてくれた。しかし、現実はそんなに“甘い”ものではなかった。

夢を実現させるために製菓専門学校に入学。卒業後は、腕に磨きをかけるために海外で修行することにした。海外での修行は、正直つらかった。言葉も分からず、初めのうちは料理場にさえ入らせてもらえない。ひたすらトイレ掃除をする毎日だった。

しかし、ほかのパティシエたちが帰ったあとにこっそり味や技を盗み、ようやく店の中でも一人前として認められるようになった。数年後には国際的製菓コンクールで入賞。フランスで、再び有名なパティシエのもとで修行を始めた。

すべての技術を身につけた私は、自分の店を開くために帰国。日本で店を構えたものの、フランスで作ったケーキと帰国後に作ったケーキでは味が違う。フランスと日本の素材が、まったく違っていたのだ。

私は納得のいくものを作るためにヨーロッパに出かけ、優れた材料を直輸入することに。こうして、素材を生かして作ったケーキは、女性客の心を虜にした。

雑誌などでも紹介され、徐々に知名度も上がり始めたころ、海外修行時に苦労をともにしていたパティシエから「脱税の手口」を聞いてしまった。実は私も、税金を適当にごまかして、浮いたおカネで海外の優れた素材を集めたかった。私の店は素材が勝負。もっと夢のあるケーキを作りたかったのだ。

そこで、雑誌やテレビなどでもらった報酬を、店名義ではなく私個人名義の口座に振込んでもらい、申告しないことにした。毎年恒例にしていたクリスマスケーキの予約注文の売上を帳簿から省き、直輸入していた素材の仕入金額を水増しした。店で売っているお菓子の作り方を教える菓子教室も開講していたが、その1人あたりの授業料を半額しか帳簿につけないようにした。

しかし、こんな経理管理がバレるのも時間の問題。ある日、私の店に税務職員がやってきた。このケーキ業界は成功する人としない人との差が大きい。発覚したのは同業者のねたみからだったのか、税務職員は帳簿を調べあまりにもズサンな経理を指摘。結局、私の脱税はバレてしまった。

女性客の心を捕えたケーキ。しかし、その甘さは脱税を考えたことで苦さへと変わってしまった。いまでも悔まれてならない。

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