医療保健の改革により、患者が負担する治療代はますます重いものになってきた。「病気をしないことが貯蓄につながる」とさえ言われるようになったが、わたしが経営している接骨院は毎日患者でにぎわっていた。
私は専門学校を卒業と同時に免許を取得し接骨院経営を目指した。知り合いの接骨院で7年間修行した後、独立開業した。私のポリシーは、「患者さんとの会話を大切にすること」。一人ひとりとよく話し、患者に会った治療法を施した。
スポーツ部に入っている学生がケガをしたときにはテーピングを使った治療を行うのだが、試合前の学生は痛さを我慢してしまう。そのため、「今のまま試合に出て、大人になってから患部がもっと痛くなるのとどっちがいい?」と聞き、その場限りの治療ではなく、子供の将来を考えて試合を断念させたこともあった。
患者一人ひとりに合った治療法は口コミで広がり、学生の親や祖父母たちも来るようになった。お年寄りなどには、手によるマッサージ治療が人気だった。しゃべることがリラックスにもつながることから、治療や健康相談だけではなく嫁姑問題の相談にも乗ってあげた。私は元来、話好きなことから患者さんとのおしゃべりは大歓迎だった。
ところがある日、いつも来てくれていたおばあさんの一言が私の人生を変えた。「お金ためてる?。年金暮らしは大変よ」。私は急に老後が不安になり、貯金を増やそうと一番やってはいけないことを思いついた。それが「脱税」。
まず、接骨院で売っていた包帯やテーピング、絆創膏、腰などにつけるコルセットなどの売上げを帳簿から省くことから始めた。次に、スタッフを雇うために求人をかけていたが、面接で落とした人までも架空に採用し、パートで働いている受付嬢からの脱税の申し出も断らなかった。新妻の彼女は、給与収入が一定金額以上になると扶養控除の対象から外れてしまう。そこで、帳簿上の数字を操作して欲しいと頼まれていたのだが、私にとっても減額した分だけ源泉所得税が免れるため異存はなかった。
「納税しないことが貯蓄につながる」との考えから目の色変えて脱税に走ったわけだが、はやっているわりには売上が少ないことに目をつけた税務署が調査に入り、いとも簡単に脱税の手口を見破ってしまった。
この一件によって、貯金はおろか信用もがた落ちになり、にぎわっていた待合室は閑古鳥が鳴いている状態。今さら悔やんでも悔やみきれず、本当にバカなことをしたと思っている。
2010年3月16日火曜日
Vol.16 『納税しないことが貯蓄の近道』
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