「あとは人気スターが出てくれれば……」。小さいながらも念願の芸能プロダクションを立ち上げとき、心の底からそう願った。
だが、なかなか上手くはいかないもの。弱小プロダクションの所属では、よほど飛びぬけた実力がないと難しい。となると、ここは社長の自分が頑張るしかない。親戚中からおカネをかき集め、テレビ局やラジオ局、雑誌、ほかの芸能プロダクションなどの関係者とのコネ作りにつぎ込んだ。とにかく、自分のところのタレントを多く露出してもらうこと。ムダとも思えるおカネを日々、大量に使い続けた。
その甲斐あって、タレントの1人がテレビ出演をきっかけに売れ始めた。これが呼び水となって、ほかの所属タレントにも徐々に仕事が入るようになった。「濡れ手で粟」とはまさにこの世界のこと。人気あるタレントへの番組やコマーシャルのギャラ(出演料)は想像を遥かに越えたものだったし、それ以上に地方への営業などの際に興行主や関係者からもらえる「お見舞金」「お祝い金」の類は、領収書を切らなくても済むケースが多く、かなりオイシイものといえた。
稼ぐお金が増えれば税金もそれだけ増えるのが当然。それは分かっていたが、この業界の場合、なんといっても成功を得るまでに莫大なおカネがかかっている。「たった1人」を売れるようにするまでいくら使ったか……。そうしたことを考えると、成功の“果実”を取られてしまうことが惜しいと思われてきた。
その筋で有名な「コンサルタント」に相談した。俗にいう脱税請負業者というやつだ。彼は、顧問料やコンサルタント料といった名目で架空の領収書をプロダクション宛てに発行した。もちろん、実際にはコンサルティング料は払っていない。しかし、その見返りとして脱税した部分の何割かを裏で渡していた。
この「カラ領収書」は脱税としてはポピュラーな方法だと聞いた。「それで本当に大丈夫なのか」とは思いながらも、その道のプロを信用し、その後も仮装経理を続けた。だが、不安はやはり的中した。
世間一般からも脱税や不正経理のイメージが強いこの業界。当局が放っておくわけがない。折しも、大手芸能プロダクションへの監視が厳しくなり始めたとの噂があった頃で、まず、「請負業者」が踏み込まれた。あっという間に摘発。痛いのは罰金などのペナルティだけではない。人気商売だけにタレントにおよぼす影響も大きい。時期を同じくして看板タレントが落ち目になってしまったのも偶然とは思えない。自分の甘かった考えを猛省する毎日だ。
2010年4月5日月曜日
Vol.35 『タレントを売り出すために』
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